人工透析は、末期腎不全の患者さんにとって生命を維持するための不可欠な治療法です。しかし、特に透析を導入したばかりの時期に、一部の患者さんで「透析不均衡症候群」と呼ばれる、特有の合併症が起こることがあります。これは、頭痛や吐き気、嘔吐、倦怠感といった、乗り物酔いに似た不快な症状から、ひどい場合には、筋肉のけいれんや意識障害、血圧の変動などを引き起こす、一連の神経学的な症状の総称です。この症候群は、通常、透析治療の後半から終了後数時間以内に現れ、多くは一過性で、24時間以内に自然に軽快します。なぜ、このような不快な症状が起こるのでしょうか。その根本的な原因は、透析治療によって体内の環境が「急激に」きれいになることで生じる、体内の「不均衡(アンバランス)」にあります。長期間にわたって腎機能が低下していた体は、血液中に尿素などの老廃物がたくさん溜まった「濃い」状態に慣れてしまっています。そこへ、透析治療によって血液中の老廃物が急速に取り除かれると、体は、その急激な変化に対応しきれなくなります。特に、脳は「血液脳関門」という特殊なバリアで守られており、血液と脳との間で物質の移動が緩やかに行われるため、この変化のスピードの差が問題となるのです。透析不均衡症候群は、透析医療の歴史の初期には頻繁に見られましたが、そのメカニズムが解明され、予防法が確立された現在では、重篤な症状に至るケースは稀になっています。しかし、透析導入期には誰にでも起こりうる合併症として、その存在を正しく理解しておくことは、不安を和らげ、安全な治療を受ける上で非常に重要です。