現在では、その予防法が確立され、重症化することが稀になった透析不均衡症候群ですが、血液透析の歴史が始まった当初は、その原因も分からず、治療の安全性を脅かす、非常に恐れられた合併症の一つでした。透析医療の黎明期である1960年代から70年代にかけては、まだ透析装置の性能も低く、治療も手探りの状態でした。当時の主な目的は、死に至る尿毒症から患者を救うことであり、いかに効率よく老廃物を除去するかに重点が置かれていました。そのため、現在よりも強力で急激な透析が行われることが多く、その結果、多くの患者が、原因不明の頭痛や嘔吐、さらにはけいれんや意識障害といった、重篤な不均衡症候群に苦しめられました。この謎の合併症の正体を解き明かしたのは、その後の研究の進歩でした。動物実験などを通じて、血液と脳との間の尿素濃度の「不均衡」が、浸透圧の差を生み、脳浮腫を引き起こすというメカニズムが、徐々に明らかになっていったのです。この科学的な理解の深まりが、現在の予防戦略の基礎を築きました。つまり、「急激にきれいにし過ぎることが、かえって体に害を及ぼす」という、透析治療における極めて重要なパラドックスの発見です。この教訓から、透析導入期には、あえて治療効率を落とし、体をゆっくりと慣らしていくという「慣らし透析」の概念が生まれました。また、透析装置そのものの進化も、不均衡症候群の克服に大きく貢献しました。ナトリウム濃度の調整機能や、除水速度を自動でコントロールする機能などが開発され、より患者の体に優しい、穏やかな透析が可能になったのです。このように、透析不均衡症候群の歴史は、透析医療が、数多くの試行錯誤と科学的な探求を経て、より安全で洗練された治療法へと進化してきた、その道のりそのものを象徴していると言えるでしょう。
透析の歴史と共に、過去の病となった不均衡症候群